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弔いのかたち:手元供養 遺骨の一部、身近に置き

遺骨の一部を自宅に置く「手元供養」。ミニサイズの骨壺(こつつぼ)をはじめ、さまざまな種類の供養品も市販されています。納骨や墓への価値観が多様化する中、「故人を身近でしのびたい」と思う人が増えているようです。

千葉市の女性(55)は毎朝、遺影のある部屋の窓を開け、亡き母に「おはよう」と話しかけます。花に囲まれた数々の写真の中でも、ワインレッドの写真立てには、とりわけ優しい笑顔です。裏側の支えが容器になっており、小さな骨壺が収めてあります。

手元供養のイメージ1(イラスト)母親はがんの闘病の末、昨年末に79歳で亡くなりました。「嫁いだ娘たちに墓の管理で負担をかけたくない」と、生前は散骨を望んでいました。しかし、適当な場所が見つからず、実家ゆかりの兵庫県宝塚市の永代供養墓に納骨することに。亡くなる1週間ほど前、女性は遺骨の一部を手元供養したいと伝え、母親も「手元に置いてもらえるなら、うれしい」と話したといいます。

母の死後、女性は妹(52)とともに、供養用の写真立てとペンダントを購入しました。ペンダントトップも中が空洞で、遺骨や遺灰を収められます。女性はペンダントを胸に、母親が見たがっていたミュージカル「オペラ座の怪人」にも出かけました。「まだまだ生きていてほしかったし、いろいろな所に連れて行きたかった」

「苦しい時には、息子の骨が入った『ドングリ』を握りしめて布団に入りました」「津波による突然の別れはつらかったけれど、主人の遺骨がそばにあると安心できます」。東日本大震災で家族を失った人たちから、NPO手元供養協会(京都市)に届いたメッセージです。

山崎譲二会長は震災後、遺族の心の支えになればと、遺骨や遺髪を収められる金属製カプセル「いのちのドングリ」を贈るプロジェクトに取り組みました。被災者から希望を募り、612個を無償で提供しました。一般向けにも、1個8000円前後で販売しています。

山崎会長は「手元供養」の名付け親とされます。「供養の対象が先祖代々の家から、故人そのものに変わっている。『千の風になって』という歌が話題になりましたが、死者と自分との関係をより身近にとらえる傾向があります」と語ります。

葬儀やお墓の相談に応じているNPOライフデザイン研究所の佐々木悦子・副理事長は「夫を亡くして3年たっても、お骨を手放せないと、相談を受けたことがあります。故人そのものである遺骨は、仏壇や位牌(いはい)に手を合わせるよりも、リアリティーがあるのでしょう」と話し、「少子化でお墓を守れる人がいなくなり、手元供養を選ぶケースも増えている」と指摘しています。

手元供養のイメージ2(イラスト)

遺骨だけでなく、故人の歯を加工して供養品にする人もいます。東京都東村山市の女性(68)は薬指にはめたシルバーの指輪をさすりながら、「どこにでも一緒に行けるようでうれしいんです」と語ります。

昨夏、次女を急性リンパ性白血病で亡くした。37歳でした。看護学校の教員を目指していましたが、09年に「体がだるい」と訴え、即入院。抗がん剤治療と2度の臍帯血(さいたいけつ)移植を受けましたが、家族に見守られて息を引き取りました。

女性は故人の歯でアクセサリーを作る工房があると聞き、火葬場の職員に「銀歯を拾ってほしい」と頼みました。黒く変形した2本の銀歯を「想い出工房 てらす」(福岡県久留米市)に送ると、10日ほどで、銀歯を溶かして作った指輪が届きました。指にはめた時、つらかった心が少し安らいだといいます。「娘の丸顔の笑顔がそばにあり、自分を励ましてくれるような気がします」

工房を営む歯科技工士(47)も4年前、親友を心臓発作で亡くしました。自身が親友に施した銀歯を火葬場から持ち帰り、ハート形の指輪を作り、親友の妻に渡すと、涙を流して喜んでくれたといいます。以来、「遺族の悲しみを少しでも癒やしたい」と、広く製作を請け負っています。

毎日新聞生活報道部

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