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腸を健やかに保ち、心も元気に


大企業に勤めるあるキャリア女性は通勤電車の中で腹痛や吐き気におそわれ、途中下車してトイレに駆け込む日が続きました。苦手な上司との折衝や深夜まで続く残業に苦しんでいたそうです。下痢止めの薬をのみ、カフェインの摂取を減らしたり睡眠を十分に取ったりして回復しました。いま、腸の健康に関心が集まっています。

●1000万人が「IBS」通勤電車で腹痛に襲われる男性(イラスト)

下痢や便秘、腹痛が慢性的に続く「過敏性腸症候群」(IBS)。外来患者の調査から、国民の約1割、1000万人がかかっていると推定されています。冒頭のキャリア女性は典型例。東北大学病院心療内科に勤める福土審教授のもとには、全国から患者が来ます。福土さんは「だれにでも起こり得る、現代社会に特有な病気」と話します。一日に来院する約35人のうち3分の1が過敏性腸症候群など消化器の心身症です。

福土さんは「大半は精神的なストレスが関係している」と指摘します。腸自体に異常はないものの、不安やうつで働きが弱り、下痢や腹痛を起こすのです。

病の増加に伴い、下痢止めも多様化しています。電車の中でも会議中でも、突然おなかが痛くなった時に水なしで飲める薬が開発され、小中学生用の薬まで出ています。

IBSは年代別では10代〜30代に多いそうです。厚生労働省研究班(代表・大井田隆日大医学部教授)が2010年に全国の中高生約9万8400人に実施したアンケート調査で、約2割に過敏性腸症候群と同様の症状が見られることが分かりました。男女で差はありませんでしたが、学年が上がるほど増え、男子は下痢型、女子は便秘型が多数を占めました。

分析した山本隆一郎・江戸川大社会学部准教授(人間科学)によると、抑うつ感や不安感のある生徒や、就寝時刻が午前0時を過ぎている生徒に多い傾向がありました。山本さんは「腸は睡眠と似た規則的なリズムで動く。ストレスと夜更かしが主な要因では」と指摘、中高生にも大人と同じ背景があるとみています。

腸は人の気持ちを映し出す繊細な臓器です。「断腸の思い」「腹を割って話す」――。まるで腸が心をもっているかのような日本語は数多い。昔の人は、腸に心が宿っていることを直感的に知っていたのでしょう。

腸と脳は、互いに連絡しあう「親しい関係」にあることもわかってきています。小さい袋を腸に入れふくらませて刺激すると、その信号は脳にも届くことを、福土さんは人の試験で突き止めました。「腸と脳は相互に影響し合うのです」。腸と脳は神経系でつながり、「もう満腹だ」「不安だ」といった情報をやりとりしているのです。

過敏性腸症候群が目立つ背景には、現代特有の不規則な生活があります。朝食を抜く▽夜遅く食べる▽睡眠不足▽レトルト食品など加工度の高いものを食べる▽アルコールのとりすぎ――が関係していると福土さんはみています。

●2週間で「善玉」増

善玉菌で腸元気!(イラスト)では、どうすれば腸内環境がよくなるのでしょうか。キーポイントはやはり食生活。松井輝明・帝京平成大学健康メディカル学部教授(消化器病)らは、健康な男女18人に食物繊維の豊富なスーパー大麦を含むクッキーなどを食べてもらいました。わずか2週間で腸内細菌のバランスが変わり、腸内の環境を整える「善玉菌」の代表格といえるビフィズス菌が増えました。このことは、食事しだいで腸内細菌群が簡単に変わることを示しています。

納豆菌の摂取でビフィズス菌が増える研究報告もあります。納豆菌と腸内細菌の関係を研究する林京子・中部大学生命健康科学研究所客員研究員(薬学)は「みそや納豆など発酵食品を豊富に使った伝統食は腸内環境をよくする」と話し、腸内細菌を増やすには和食が好ましいと強調します。

●自閉症にも影響?

腸内細菌が糖尿病や肥満、動脈硬化、自閉症などさまざまな病気にかかわっていることを示す、注目すべき研究報告が続々と出ています。

たとえば自閉症。自閉症の子と健康な子の腸内細菌を調べると、その種類と数が大きく異なるといいます。腸内細菌がつくる物質を健康なマウスに注射すると、自閉症に似た行動が起きるとの実験もあり、世界の学者を研究に駆り立てています。

スーパー大麦の試験をした松井さんは予測します。「腸内細菌はみな異なり、その人の指紋のようなもの。便の中の腸内細菌を検査して、将来どんな病気になるかを予測する時代がくる」

●1000種類以上、100兆個以上の細菌

そもそも人の腸はどんな素顔をしているのでしょう。

腸は小腸と大腸から成ります。長さは7メートル前後。広げていくと面積はテニスコート1面ほどにもなります。日本人は繊維質を多く食べるので腸が長いと思われがちですが、欧米人と大差はありません。

腸は食べ物の消化・吸収が主な役割ですが、異物や病原菌の感染を防ぎ、免疫(腸管免疫)にも深く関わっています。腸の内部には約1億個の神経細胞(ニューロン)があり、満腹感を脳に伝えるなど脳の機能にも似た働きもしています。腸内には1000種類以上、実に100兆個以上の細菌がいます。

腸内細菌は主に三つのグループがあります。ビフィズス菌のような善玉菌が20%、毒素を出す大腸菌のような悪玉菌が10%、環境に応じて変わる日和見菌が70%の割合がよいとされますが、最新の遺伝子研究でビフィズス菌が少ない人の国もあり、望ましい比率は確定していません。

各国で腸内細菌の性質が異なることも、最先端の研究で明らかになっています。服部正平・早稲田大学理工学術院教授らは、日本人106人(19〜60歳)の腸内細菌群の遺伝子を解析し、米国、ロシアなど11カ国の人と比べました。日本人の約9割はワカメなど海藻類を分解する酵素の遺伝子を持っているのに対し、欧米人は最大でも約15%の人しか持っていませんでした。


毎日新聞生活報道部

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