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かみつくのには理由がある


乳幼児の小さな歯でも、がぶりとかまれると、とても痛い。よその子をかんでしまうと、保護者は冷や汗が出てきます。子どもの発達の専門家は「かむのにはその子なりの理由が必ずある」そうです。

乳幼児のかみつき(イラスト)●一過性だったが

「お友達にかみつくことが増えています。もう少し早くお迎えに来られませんか」。東京都内に住む会社員の母親(37)は3月、2歳2カ月の長男を預ける保育所でそう言われ、ショックを受けました。1歳半ごろからかみつきがありましたが、2歳前には落ち着きました。年度末で忙しく、お迎えを1時間延長し始めてからぶり返したと聞かされました。

帰宅後は4歳上の長女に我慢してもらい、できるだけ甘えさせていました。それでも負担をかけているのかと思うと自己嫌悪に陥りました。睡眠時間を削って仕事し、できるだけ延長を避けるように苦心した。かみつきは4月になると収まりました。母親は「進級したら『お兄さんになった』という気持ちが強まったようで、落ち着いて頑張れるようになりました」と話します。

振り返れば一過性のものだったが「かみつきが続いている時は被害に遭った子に申し訳なくて」と母親。痕が残るほどの時は保育所側が相手の名前を教えてくれたので、顔を合わせた時に直接謝ったり、会えない時は手紙を書いたりして3〜4人に謝罪しました。「長女は逆によくかみつかれていた方なので、長男のことは『お互い様』と思ってくれる保護者が多くて救われました」と振り返りました。

●伝えきれない思い

乳幼児のかみつきはなぜ起きるのでしょう。お茶の水女子大の浜口順子教授(幼児教育学)と大学敷地内のこども園で施設長を務める保育士歴38年の私市(きさいち)和子さんに尋ねました。かみつきをいかに防ぐかは、昔から現場の悩みだったそうです。

かむ子が出てくるのは10カ月ごろから。保育所では1歳児クラスで最も多いです。自分でやりたいことや他の子への関心が芽生えてくるものの、まだ言葉でうまく自分の思いを伝えられないためです。歯形や内出血の痕が残るので大人は衝撃を受けるけれど、子どもにとっては大泣きして訴えたり、たたいたりするのと同じ感情の出し方の一つだそうです。浜口教授は「何でも口で確認する赤ちゃんは、口が世界と関わる突出した部分だということも関係しているかもしれません」と推測します。

●気持ちの理解を

かむのには理由があります。「おもちゃを取られた」「あの子の使っているおもちゃを今使いたい」は分かりやすい理由です。一方、目の前を通り過ぎただけでかみつくこともあるのです。大妻女子大の阿部和子教授(発達心理学)は「その子の気持ちになって」と助言します。欲しい物に向かう途中に他の子が来て邪魔だったのかもしれません。体調不良でイライラしている、関心を引きたいといったことも考えられます。特に大人が忙しい朝夕や混み合っている時などは「かむ時間帯」だそうです。

かみつきが起こったら、加害、被害側双方の気持ちを受け止めることが重要です。おもちゃを巡ってならば、かまれた子には手当てしながら「痛かったね」と共感し、「このおもちゃが欲しかったのかもね」とかんだ子の気持ちを代弁してあげるのです。かんだ子には「このおもちゃで遊びたかったんだね」と受け止め、「お友達が痛いって泣いてるよ。貸してって言ってみるといいよ」と身ぶりも交えて促します。「自分の要求を通そうとすることは意欲の表れだから大切にしてあげたいものです。意欲を方向付けて育てるのが大人の仕事です」と阿部教授は諭します。

一緒に楽しく過ごしましょう(イラスト)◇成長の一過程、寄り添って改善

かみつきが起きにくい環境も考えてみましょう。「かみつきは関わり全体の一つの表れ。かむことだけを躍起になって止めようとしても意味はありません」と阿部教授は注意を促します。

仕事などで帰りの遅い日が続くと、子どもが妙にすり寄ってきたり、いつもと違ったふうにごねたりして困った経験はありませんか。そんな時は満足するまで抱っこしたり、保育所帰りに子どもの思うまま寄り道したりすると落ち着くことがあります。「ずっとべったりでなくていい。数十分でも集中して満足するまで一緒に楽しく過ごすだけで、子どもは親とのつながりを確認できます」と阿部教授。

浜口教授は、物理的にも精神的にもその子の居場所が確保されていることが大切だと指摘します。まず、人が多くザワザワした環境は改善します。見守る大人は「この子は良い子だ」というまなざしを忘れてはいけません。「この子はかむ子」と常に緊張感を持って鋭い目で見ていると、子どもは精神的に居場所を制限される感覚になり、余計にかむ悪循環にはまることも考えられます。かみつきは通常、言葉で感情を表現できるようになると収まるので、過剰な心配は避けましょう。

私市さんの場合、保護者にかみつきを報告するのは何度も続いた時です。その子の状況と園側がどんな対応をしているのか説明しつつ、「明日は休みなのでゆっくりできるといいですね」などと、家庭でできることをさりげなく提案することもあるそうです。

かつては加害、被害側双方に互いの名前を伝えることはなかったが、最近は親同士の関係も考慮して伝えることも増えているという。私市さんは「かみつきが続くと親は苦しく、保育士も『止められなかった』と苦しむけれど、必ず収まる時がくる。子どもを真ん中において、そんな時期なんだ、成長の一つなんだ、と思える関係を作れたらいいですね」と話す。


毎日新聞生活報道部

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※掲載されている情報は2017年9月時点での情報であり、最新の情報と異なる場合があります。