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衛生・快適求めて抗菌


東京都新宿区の区立図書館。生後9カ月の娘と訪れた女性会社員(39)は借りた本を持って、ある機械に向かいました。電子レンジのような扉を開け、機械の庫内に本を広げ、立てて置きます。扉を閉めてボタンを押すと、庫内が青く光り、本のページが揺れます。30秒ほどで作業は終了しました。

●図書館の本を消毒借りる前に除菌!(イラスト)

この機械は書籍消毒機。女性は「公共の物はどんな人が手にしたか分からないし、人の唾が飛んでいるイメージ。神経質にならないようにしてはいるが、きれいにできた方が気持ちがいいです」と話します。

書籍消毒機は2015年4月に導入以来、1日に20〜30回ほど利用されています。紫外線で本についた菌やウイルスを殺し、消臭抗菌剤が混じった送風でゴミや臭いを取るそうです。図書館長は「本の清潔さに安心感を持ってほしかった。感染症を気にする子供を持つ母親や高齢者に好評です」と語ります。消毒機を設置する図書館は増えつつあります。

埼玉県消費生活支援センターが、16年に10〜70代の108人に行った除菌に関するアンケートで、菌に対するイメージを複数回答で尋ねたところ、1位は「なるべくいない方がいい」(57%)でした。「必ずしも有害とは限らない」(52%)、「気にしても仕方がない」(30%)と続くが、「体に害を与える存在である」は11%、「衛生上よくない。完全除去したい」は10%ありました。

日本社会は抗菌ブームといわれています。日常生活にも、肌着やまな板、便器、ボールペン、エレベーターのボタンと、抗菌をうたう製品が浸透しその市場規模は1兆円超といわれます。抗菌研究の第一人者である徳島大名誉教授の高麗寛紀さんは「人の衛生面を意識した抗菌加工は繊維が始まり」と話します。

第二次世界大戦中にドイツの軍服に用いられ、戦傷者の2次感染を減らしました。日本には1955年に米国から加工技術は入ったのですが、戦後復興期の社会でニーズは低く定着しなかったのです。

その後、人々の生活に余裕ができ、清潔さや快適さが求められるようになって抗菌に関心が寄せられました。「安全性の高い加工技術の開発も進んだ80年代に登場した抗菌防臭の靴下こそ、日本の抗菌加工製品の先駆け」と高麗さんは話します。90年代に入り、耐熱性に優れた銀系の抗菌剤の誕生で用途の幅が広がり、住生活用品も加工されるようになりました。その需要は、96年の病原性大腸菌「O157」集団感染を契機に高まったのです。

ただ、高麗さんは「抗菌加工で、細菌やカビ、ウイルスといった微生物すべてを制御できるわけではないのです」と強調します。国のガイドラインでは抗菌を「製品の表面で大腸菌や黄色ブドウ球菌などの細菌の増殖を抑える機能」といいます。細菌を殺したり(殺菌)、取り除いたり(除菌)するのではありません。カビやウイルスは対象になっていません。

●強まる「人」の警戒

今、衛生意識が変化する中、小学生の4人に1人は、家族以外の人が作ったおにぎり(市販品を除く)を食べるのに抵抗を感じるといいます。ベネッセ教育情報サイトが、13年に小学1〜6年生の保護者2472人に実施したアンケート結果です。同様の調査を、清泉女学院大専任講師の石井国雄さん(社会心理学)が15〜16年に長野県内の高校生や大学生、小中学校教員といった10〜50代の計約300人にしたところ、3〜4割が抵抗感を示しました。「他人の握ったおにぎりへの抵抗感は、年齢が上がるほど高まる」と言います。

抵抗感はどこからくるのでしょう。石井さんは「病原体嫌悪のような生理的な衛生意識だけではなく、他人に対する信頼感や不安感も要因になっている」と指摘します。人間にはもともと病気にかかるリスクを避けようとする反応が備わっているといいます。現代社会はメディアなどを通し、インフルエンザ流行のニュースや、菌の排除を勧める製品広告のような感染症に関わる多くの情報に触れる機会があります。都市化に伴う人口の密集でその脅威を感じやすいのに、人間関係は希薄になっているのです。「菌やウイルスが目に見えない分、他人に対する過敏な反応につながるのではないでしょうか」と石井さんは話します。自分が病気に対して弱いと思っている人ほど、その傾向は強まるといいます。

「過剰な清潔志向は、体を守る有益な常在菌も排除してしまいます」と注意を促すのは、東京医科歯科大名誉教授の藤田紘一郎さん(感染免疫学)です。ヒトの免疫機能の7割を担う腸に生息し、免疫力を左右する腸内細菌も常在菌です。腸内細菌の種類や数が多いほど、免疫細胞が活性化され免疫力は高まります。腸内細菌の構成は個人差があり、その原点となるのが乳幼児期。赤ちゃんはなめることなどで、生まれる前は無菌状態だった腸内に、周囲の細菌を取り込んでいくといいます。必要以上に「身の回りの菌=ばい菌=汚い」と恐れ、赤ちゃんが接しないよう無菌状態にすればするほど、腸内細菌を育む機会もなくなります。藤田さんは「清潔すぎる生活環境が、先進国の子供に多く見られるアレルギー疾患につながるとも考えられています」と説明します。

●菌と適度に共存菌と適度な共存を!(イラスト)

専門家が口をそろえるのは、菌との適度な共存の重要性です。抗菌加工製品も、医療機関や介護施設のような免疫力の弱まっている人がいる場所などで使うのが的確といいます。使う目的や範囲を考えず、いつでもどこでも頼ればいいというものではないようです。

●清潔さ保たれてこそ効果発揮

抗菌加工の方法は製品により異なりますが、抗菌剤を原料に練り込んだり、製品の表面にコーティングしたりします。抗菌効果は、一定時間後に未加工製品の表面と比べ、細菌の増殖割合が100分の1以下になっているという規定があります。

高麗名誉教授は「細菌は数が多いほど、人間に影響を及ぼす可能性が高まります」と言います。細菌繁殖が原因の衣類の臭いや水回りのぬめりも生じにくくなるのです。「抗菌効果は、洗濯や掃除で製品がきちんと清潔に手入れされた状態でこそ、発揮されます」と念を押します。

数ある抗菌加工製品ですが、その効果や安全性は、業界団体や各メーカーが国のガイドラインを基に設けた自主基準に委ねられています。購入前に使用説明書やラベルを確認すべきでしょう。


毎日新聞生活報道部

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※掲載されている情報は2017年4月時点での情報であり、最新の情報と異なる場合があります。