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高次脳機能障害どう支える


音楽家の小室哲哉さんが引退会見で明かした、40代の妻の高次脳機能障害。気づかれにくいことが災いし、家族が抱え込んで孤立しがちです。介護する側はどんな困難に直面しているのか、周囲はどうサポートすべきか考えました。

「うーっ」。男性(24)はいらついた様子でそううめくと、51個まで数えた小豆を元の皿へ一気に戻しました。1月午後、東京・新宿で行われた、高次脳機能障害者を支援するNPO法人「VIVID(ヴィヴィ)」の社会参加促進プログラム。指先のトレーニングで9人の参加者が2チームに分かれ、スプーンで小豆を受け渡していくリレー戦に挑みました。

カウント役の男性がキレてしまい、真剣勝負は無効に。それでも誰も責めないどころか「数えるのは大変だから」と理解していました。「自分たちが正しく認められる、心地の良い居場所があるのは大事なこと」。離れて見守っていた家族がつぶやきました。

イベントの案内状作りでは、別の男性(48)が達筆を披露しました。妻が「あの会見は夫もショックだった」と漏らしました。「小学4年生くらいの漢字のドリルとかが楽しいみたいです。すべてがそういうレベルでは全くないですけど」。高次脳機能障害に苦しむ妻の病状を、そう明かした小室さん。「夫も漢字ドリルが好きで、よく取り組んでいます。でも、あの言い回しが『頑張ってここまでできるようになった』と喜んでいるのではなく、幼くなってしまったというマイナスな捉え方をしているように聞こえて……」。少し苦しそうに、男性の妻は語りました。

ぼーっとしている男性(イラスト)●程度や表れ方に差

高次脳機能障害は、事故による外傷や脳卒中などで脳が損傷を受け、後遺症で注意、記憶、判断といった認知機能が損なわれる障害です。脳の部位や範囲によって障害の重さや表れ方が異なり、はた目では分かりづらいことも多いのです。コンピューター断層撮影(CT)や磁気共鳴画像化装置(MRI)の検査結果などの条件を満たすと高次脳機能障害と診断されます。

東京慈恵会医科大第三病院リハビリテーション科の渡辺修(しゅう)教授は、患者数を「国の診断基準に含まれない失語症なども含め、全国で約50万人」と推計します。「脳は損傷しても回復する力があります。程度に差があり年月もかかるが、高次脳機能障害は少しずつ良くなります」と説明します。

だからこそ、小室さんのように人生のパートナーが若くして障害を抱えてしまった人たちは特に必死になりがちです。東京都内に住む男性(48)は、6年前に妻(49)がくも膜下出血で倒れました。体に問題はなかったけれど、思い描いたことと違う言葉を発したり、いつもぼーっとして何か言われないと行動できなかったり。そんな症状に妻は苦しんでいます。脳外科の医師が高次脳機能障害を否定し続けたことも、さらに夫妻を戸惑わせました。

障害を正しく知らされてからは、施設でも家でも、外出先でもリハビリの毎日です。妻は追い込まれて情緒が不安定になり、暴力を振るうようになりました。共通の趣味だったテニスにも興味を示さなくなりました。大手食品メーカーを休職し、障害の解説本を20冊以上買い込んだ男性は「こんなに寄り添っているのに、なぜ元通りに近づかないのだろう」とやけになり、酒量が増えていったそうです。

男性は「思いの丈を、なかなか周囲に語れませんでした。俺が何とかするという根拠のない自信のせいか、昔と変わった妻を見られたくないからなのか、今もよく分かりません」と話します。お互い両親は亡くなっているし、子どもも、頼れる親類もいませんでした。3年前、アルコール依存症の一歩手前で踏みとどまり、やむなく高次脳機能障害者の支援団体に駆け込みました。「似た境遇にいる家族と悩みや苦しみを語り合い、私も妻も救われました。孤独だった闘いが終わった気がして。初めて団体の会合に出た日、帰宅する電車の中で妻と一緒に泣いたのです」

支え合う夫婦(イラスト)●「得意」を生かして

渡辺教授によると、脳の活性化には喜びの感情が役立ち、失敗した経験や不安感は症状を悪くします。「苦手なことを繰り返す、砂をかむようなリハビリは避け、得意なことを生かす視点が大切です」。急性期は命を救うのが最優先になり、後遺症や支援に関する情報提供が足りず、自宅や職場に戻って深刻さが分かることも多いです。渡辺教授は「家族も『聞いていなかった』『元通りにしなければ』と混乱し、強い否定や命令口調といった誤った対応を取りかねません。回復する信念を持ち、本人が望むこと、納得できることを続けるべきです」と呼びかけます。

障害者総合支援法や介護保険の公的支援はあるけれど、年齢の区分や自治体の裁量で利用できる福祉サービスは限られます。リハビリのための環境整備という意味でも、家族の負担軽減は欠かせません。

那須中央病院(栃木県大田原市)のさくら訪問看護ステーション師長、鳥居香織さんは「訪問リハビリなどの外部支援を使ってから、『障害を客観的に見られるようになった』『親戚に話す気になった』と言う家族は多いです。自分たちだけで何とかしようとして社会との接触が減ると本人も家族も負担は大きいものです」と指摘します。

●家族の健康管理も

「疲れ切って、心療内科に通う家族や離婚する夫婦もいます。信頼できる支援組織や専門家を見つけ、家族も自分の時間を持つなど健康管理を大切に」と渡辺教授。「高次脳機能障害の人が入れるグループホームは少ないけれど、障害を負った人を高齢の親が支えるケースも増えてきました。既存の施設の利用も含め、行政は対応を急いでほしい」と話しています。


毎日新聞生活報道部

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※掲載されている情報は2018年3月時点での情報であり、最新の情報と異なる場合があります。