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柳生博さん、田舎で家族再生


二元生活を送る男性(イラスト)退職などを機に、田舎暮らしに憧れる都市の住人は少なくありません。俳優の柳生博さん(82)は、40年あまり前に東京と八ケ岳南麓(山梨県北杜市)を行き来する「二元生活」をいち早く始め、家族と共に自然の恵みの中で人生を謳歌しています。2月に歌手の加藤登紀子さんとの共著「自然を生きる、自分を生きる」(河出書房新社)を出版した柳生さんに、二元生活の楽しみを聞きました。

●息子のいじめ機に

40年前、年間約700本のテレビ番組に出演し多忙を極めていた柳生さん。ある日久しぶりに家に帰ると、当時小学4年生だった長男が頭から血を流して帰宅しました。いじめに遭っていたと分かり「このままでは家族が溶けてしまう」と苦悩しましたが、かつて訪れたことがあった八ケ岳に家族で移住すると決めるまでに時間はかからなかったそうです。

背中を押したのは、幼い頃に祖父からよく言われた「博、野良仕事をしなさい」という言葉でした。茨城県で農家の次男として生まれた柳生さんは、祖父から雑木林や田んぼ、農業用水路など里山の手入れの仕方を教えられて育ちました。あれこれ考え込む性格だった柳生さんに、祖父はよくこの言葉を掛けました。

八ケ岳では、赤松と唐松の人工林だった森を2人の息子とチェーンソーやパワーショベルで木や岩を取り除いて切り開き、この地に自生していた木を調べて植えました。

俳優業のため東京と八ケ岳を行き来する生活。「若い頃からどこかに勤めたり、月給をもらったりしたことは一度もない。『元祖・フウテン』だよね」。団塊世代が退職した今、時代のキーワードとして気ままに生きる「フウテン」を挙げます。

2004年から今年6月まで日本野鳥の会会長を務めた際には、会長報酬を辞退する代わりに「会長勉強会」と称して全国を飛び回り、地元の会員からその地の風習や生き物とのつきあい方を学びました。「一芸を窮めたいと思ったことはない。他の世界の人と接し感動を共有する喜びは、何にも代え難いから。好きな所に行き、好きなことをする。こんな楽しい生き方はないよなあ」と、しみじみと笑います。

老後に田舎暮らしを始める時、いきなり「移住」という大きな決断をする必要はありません。柳生さんお勧めの方法は、自分が「ここだ」と感じる土地を繰り返し訪れ、季節の移ろいを定点観測的に感じることだそうです。お気に入りの場所を見つけるポイントは、実際に行ってみて「なつかしい」という感覚を覚えるかどうかだそうです。

孫と一緒に虫取りする男性(イラスト)場所が決まったら、たまに孫を連れて数日間滞在してみるのがお勧めです。「虫や魚を上手に捕ってみせれば、おじいちゃんはヒーローになれる。シニアには、孫にとってお母さんやお父さんよりも大切な役割があると思っているんだ」

●「確かな未来」発見

光が届かず生き物の気配が薄かった人工林は、40年の時を経て、柳生さん一家と仲間たちの手により花が咲き、虫や鳥、ニホンミツバチが行き交う落葉広葉樹林に生まれ変わりました。「溶けそうだった家族」が自然と共に生きる中で見つけたのは、「確かな未来」でした。「たくさんの経験をしてきたけれど、自分にとって一番の財産は自然を感じながら孫や友人の気配を感じること。五感を全開にして生きると、幸せを実感できる」と語ります。

話を聴く間、柳生さんは「自然は朗らかなものだから」と、繰り返し口にしました。「自分も自然の一部だと思って生きると、大抵の病は治りそうな気がしてくる。年を取ると肉体は衰えるが、これまで体験してきたことが頭の中でつながり脳細胞は活性化していると感じる」。張りのある声で話すと、椅子の背にゆったりともたれながら「朗らかってそういうもんだよ」とほほ笑みました。

◇やぎゅう・ひろし

1937年生まれ。俳優業の傍ら76年に八ケ岳南麓に居を構え、89年にレストランやギャラリーを併設する「八ケ岳倶楽部」をオープン。日本野鳥の会名誉会長。コウノトリファンクラブ会長。


毎日新聞くらし医療部

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