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大人の発達障害


「発達障害」という概念のない時代に育った大人の発達障害者。その多くは周囲から特性を理解されず、厳しい叱責や冷遇を受けてきました。障害に加え、いじめや虐待の経験、精神疾患という「多重の生きにくさ」を抱える今の姿を追いました。

「すみません、掃除が終わらなくて……」。東京都北区で1人暮らしをする女性のユウさん(48)=仮名。自宅を訪れる記者を、いつもビニールの手袋とエプロン姿で出迎えます。彼女が住む築30年以上のアパートは不思議な空間です。掃除を毎日欠かさず床にはほこり一つ落ちていないのに、部屋の隅にはダイレクトメールや使い捨てのプラスチックスプーン、ウエットティッシュが積み上げられているのです。1人暮らし向けの家電の中で、なぜか洗濯機だけが大容量の乾燥機付きドラム式です。

ユウさんは、発達障害の一つである「自閉スペクトラム症」。精神疾患は他にもあります。解離性障害、うつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)――。診断書には、幼少期からいじめを受け続け、親からの身体的、心理的虐待があった、と記されています。

●感覚、理解されず

「自分は他人と違う」。はっきり感じたのは小学校入学直後だったそうです。給食の肉団子スープを口に入れた瞬間、砂糖を口いっぱい含んだような甘さを感じ、思わず吐き出しました。何をして遊ぶのか、誰が参加するのか、その時にならないと分からない子ども同士の遊びは、予測のつかない出来事が苦手なユウさんにとって「恐怖を感じる場」でした。

幼い彼女の感覚の偏りは、周囲の大人に理解されませんでした。作った料理を食べなかったり、抽象的な言葉が分からず何度も意味を問い返したりするユウさんに、母親はいらだちをぶつけました。三つ年上の姉と比べては「どうしてできないの!」「恥ずかしい」と叱り、「死ねばいい」とまで言い放ちました。小学校の先生は「給食を食べ切るまで帰さない」と、毎日居残りをさせました。同級生からのいじめは卒業まで続きました。

給食のない私立中高に進みました。必死で勉強し、都内の私立大大学院で心理学の修士課程を修了。専門学校の非常勤講師などを何とか続けました。2015年に障害年金を受給し、精神科の主治医の勧めもあって1人暮らしを始めました。「おまえは、一人では何もできない」「だらしのない人間だ」。そんな母親の言葉に縛られ続けた人生を生き直すスタート地点に立ったはずだったのです。しかし生活を始めると、発達障害や精神疾患の症状が日常に立ちはだかってきました。

この洗濯物乾いている?湿っている?(イラスト)●あいまいにできぬ

普通の人が意識せずに線引きできる「あいまいさ」が、ユウさんには理解できません。実家にいる時は、自分の服が乾いたかどうかが判断できず、何日も干しっぱなし。洗濯物がどこからが「乾いている」で、どこからが「湿っている」のか、それが分からないのです。実家を出る際に乾燥機付き洗濯機を購入しましたが、結局、今も1人で洗濯ができません。

小学生の頃からの強迫症状もあります。小さな備品や書類を捨てられないのです。窓や引き出しが「きちんと閉まっていないのではないか」という不安から、何十回も開け閉めを繰り返します。壁の染みが取れないのに納得がいかず拭き続け、掃除も終わりません。そんな「徒労」に1日の大半を費やします。

現在は週2回、ヘルパーが家事支援に来ます。知人らがボランティアで家事や通院の介助をしてくれることもあります。しかし、知的な遅れがなく身体障害もないユウさんに、はた目には簡単に見える作業ができないという事実は、支援者からでさえ理解されにくいものです。

「たとえば『最近どう?』という言葉は、健常者にとっては社交辞令に過ぎません。でも、私たち自閉(症患者)は『最近』とはいつなのか、『どう』の主語は何を指していて、何を聞きたいのかが全く理解できず、それを一つ一つ問い返してしまうのです」

「理路整然」と、ユウさんは語ります。言葉では筋道立てて説明できるのに、簡単な日常会話や家事の一つ一つにつまずいてしまいます。2カ月前にも、「どんな感じ?」と近況を尋ねるメールをくれた友人を電話口で問い詰め、最後には怒鳴りつけてしまったこともあります。そのギャップが周囲をいらだたせ、「甘えている」「やる気がない」という評価が定着してしまうのです。多くの人が去っていきました。分かっているのに、どうにもできません。

現在は働くこともできず、月6万円の障害年金を受け取り、貯金を取り崩す日々です。日常生活すらままならない現状に「実家に戻ったほうが楽」という考えがよぎります。障害を理解して手助けしてくれる身近な支援があれば、と切実に望んでいます。「都の発達障害者支援センターはあるけれど、支援が生活に直接届きません。地域で生きていくために、近くの行政に専門の支援機関がほしいです」

周囲が理解して受け入れる環境作りを(イラスト)●生活の伴走支援を

うつ病などの2次的な障害を防ぐためには、発達障害の早期発見と本人の困りごとを周囲が理解して受け入れる環境作りが不可欠です。発達障害者支援法が16年に改正され、保育園や放課後児童クラブを巡回する専門員の配置など、子どもに関する早期発見・支援体制の整備が進みます。発達障害のある子を育てる親が特性を否定しないように研修する「ペアレントトレーニング」も、各地の支援センターや医療機関で受けられるようになりました。一方で、ユウさんのように既に2次障害を抱え、虐待を受けた経験や貧困など多重の困難に直面した大人を支える枠組みは乏しいです。

白梅学園大の広沢満之・准教授(発達障害学)は「大人の発達障害者が回復して社会参加するためには、精神科での治療や就労支援だけでなく、当事者の生活に伴走して支援する人が不可欠です。日常の中での『困り感』を共有し、小さな成功体験を積み重ねていけるような支援のあり方が求められています」と話しています。


毎日新聞生活報道部

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