学生運動が盛んだった1950年代から70年代にかけて、東京の若者を中心に人気を集めた「歌声喫茶」。客が声を合わせて唱歌や民謡を歌い、連帯感を深めました。そうした合唱形式を取り入れたコンサートが今、再び中高年の心をつかんでいます。
●コンサート形式で
昨年末、東京・お茶の水のホテルで開かれた「歌声コンサート」に、約200人の中高年が集まっていました。プロのバイオリニストとピアニストが演奏を披露した後、コンサート主宰者で歌手の杉山公章さん(54)が登場しました。歓声と手拍子に応えてキーボードの弾き語りを始めると、観客も自然に歌い出しました。
「娘さんよく聞けよ/山男にゃほれるなよ/山で吹かれりゃよ/若後家さんだよ」
ステージ両脇のスクリーンに大きく映し出された歌詞を見ながら、観客は体を揺らし、時折腕を振り上げます。ロシア民謡の「カチューシャ」や「ともしび」といった、歌声喫茶の定番曲がどんどん続きます。途中で休憩を挟みつつも、2時間の公演時間はあっという間に過ぎました。
興行主のマイソング(東京都渋谷区)によると、コンサートは、十数年前に杉山さんが地方の公民館などで少人数を相手に始めました。今では年200回以上、全国を回るほどの人気になっています。年約5万人が会場に足を運び、その半数以上はリピーターが占めるそうです。
ひときわ楽しそうに体を揺らすカップルがいました。千葉県松戸市から来た森岡広茂さん(73)と妻の綾子さん(72)です。青森や新潟などへの「遠征」も含め、月10回は参加しています。「大勢で歌うから、歌詞やメロディーを間違えても気になりません。歌いながら思い出がよみがえってきて、幸せな気分になれます」と綾子さんは感想を述べました。
当初、渋々綾子さんに付き添っていた広茂さんも、だんだんその魅力にはまっていったそうです。3年前に十二指腸がんで大手術を受け、2カ月ほど声が出せなかった時も「次のコンサートを目標に回復に励んだものです」と振り返りました。学生運動のさなかに青春時代を過ごし、仲間が集まれば自然と車座で歌ったという二人。「最近の歌は若い人しか歌えないものになってしまいました。ここに来ると歌が自分たちの手に戻ってくる感覚があります」と目を輝かせました。
この日歌ったのはアンコールを含め30曲。杉山さんは来場者に毎回アンケートを行い、リクエストを曲目に加えています。レパートリーは3000曲。「誰しも歌に付随する記憶や感傷を持っています。過去や未来も飛び越えられるのが歌の素晴らしさです」と話しました。
シニア女性向け月刊誌を発行するハルメク(東京都新宿区)も、2010年から合唱形式のコンサートを都内で毎月開いています。人気の高まりを受けて定員や開催都市を増やし、来年度からは大阪でも毎月開催します。文化事業課長の木村徹己さん(49)は「シニア女性の居場所作りとして始めました。観客のほとんどが購読者でスタッフの顔ぶれも変わらないため、交流が生まれやすいのです」と説明しています。懐メロだけでなくJポップや洋楽も加え、オペラ歌手が歌い方を指南します。
●認知機能に好影響
「歌う行為は、複数の作業を同時に進めるマルチタスク。認知機能に好影響があります」。東海大の近藤真由准教授(音楽療法)はこう指摘しています。歌い出しのタイミングを計る、歌詞の意味を考える、テンポや音量を調整するという行為が、脳の広範囲を刺激するそうです。また、おなかから声を出す「腹式呼吸」で歌うことは「有酸素運動の一種」といい、近藤さんは「認知症の予防効果があるというデータもあります。足腰を痛めず体を使えるので、高齢者にはちょうど良い負荷になります」と話していました。
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